闘うのではなく、潜入して暗殺する

闘うのではなく、潜入して暗殺する

ヒット要因として

天誅シリーズがどうして人気となったのかを探ると、ただ忍者のキャラを操作しているからといった単純な理由で売れるほどゲームは簡単ではない。それで受け入れられたら市場原理の全てが崩壊しそうだが、勿論天誅がどうしてこれほど長い名作として語られるようになったのかを考察するなら、それまでになかったゲーム性だろう。

天誅が登場する前、それこそ忍者を題材にした作品はあったはず、なのにそうした作品ではなく、天誅が多くの人の心を魅了し、プレイするときの緊張感、ステルスゲームとしての真骨頂を体感できるのも、見所の1つ。

このゲームが発売されたとき、まだ中学生くらいだったがたまたまこの初期作をプレイする機会があったので、プレイしていたのを覚えている。ただゲームに慣れていなかったため、当時にしてみれば難しすぎると思ったものだ。日常生活の時間の大半をゲームに費やしている人ならいざ知らず、適度にゲームをしている、もしくはやりなれていない初心者にとっては天誅は難しく感じる部分がある。確かにこの作品はストーリーを追って行けば作中の敵を倒していくことを目的にしているのだが、敵を追い詰める上で大事なのは先にも挙げたとおり、忍者のごとく『隠密行動』が基本スタイルだからだ。ここが醍醐味であり、コアユーザーがディスクが擦り切れるほどやりこんだと言っている人がいるほど、大きなヒットの要因といえる。

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‘隠れて、忍んで、必殺’という意味が理解出来る瞬間

天誅というより、忍者という存在が闇の中で暗躍する人間であり、決して表に出る事無く標的の首を誰に気取られること無く狩る、というのが一般的な忍者に対するイメージだ。天誅はまさしくその通りプレイヤーにもその行動が求められ、‘誰にも見つからずに’行動し、特定のシナリオ以外では敵に見つかってはいけないが鉄則となっている。

では仮に見つかった場合どうなるかというと、忍者なので叫ばれて存在を気づかれてしまい、敵の増援を招くことになる。危機的状況になるがそんな時でも状況を切り抜けるように隠れ潜み、目標を掃討しなければならない。見つかった場合にはステージ後に減点対象となってしまうため、高ランクを目指す人はまさしく忍者になりきって緊張の連続を堪能しなければならない。

分かると思うが、コレが難しいのなんのといったもので、まだゲームにこなれていなかった筆者は1stステージこそ無難にクリアできたが、2ndステージ以降はもう隠れられず、最終的には縦横無尽で行動してしまったものだ、当然評価は最低ランクだったが。

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隠れて忍ぶのはもちろん、忍びながら敵に気取られること無く、そして増援を呼ばれないように背後から敵の首を掻き切る事で脅威を排除していく。この必殺の瞬間が何とも言えない醍醐味だ、その瞬間は一瞬だけ緊張がほぐれてほっとするものの、直ぐに気を入れないと見つかってしまうため中々安心は出来ない。初期作ではこの必殺によって生じた死体が道端に残されてしまうため、それを見た敵が周囲を警戒してしまい見つかりやすくなるというシステムも、またスリルを呼んでいる。この点は一部では難色を示した人も少なからず存在したため、次作以降では死体を茂みなどに隠すアクションも加えられるなど楽しみ方が増えていった。

こういったところが日本だけでなく、アメリカを始めとした親日の外国人に評価され、名作と呼ばれるだけの作品へと昇華することになる。

システムも常に変遷されてしまう

ゲームの続編が登場するとどうしてもシステムは幾分か改良、もしくは廃止されてしまうなどもあるもの。この天誅でもそんな傾向が色濃く見られてしまい、特に4については好評だった鍵爪を用いた移動法などがなくなっているなど、古参のファンをガッカリさせることになってしまったことも記憶に新しい。ただそれも対応ハードがWiiだったことも関係しているのだろうと思ったが、もし続編が登場したときには人気のアクションを復活させてもらいたい。

ゲームシステムという点だけを考えても当時、プレステでここまでの事が出来ていれば十分だろう、そんな天誅だからこそ多くのゲームファンを作り出し、現在まで語られる日本のゲーム史にその名を残していると言っても良い作品にまで成りつつある天誅の存在は大きいだろう。